第75回 偶発性、憧憬、鶏鳴狗盗

2月某日、後輩から連絡がありました。 「3月は、4年生のみなさんにブログを書いてもらえたら嬉しいなと思っています。(中略)ご都合のよいタイミングで原稿をいただけると助かります。よろしくお願いします!」

 そういえば今年度中に4年生はブログを書いて欲しいという話が上がっていたな、と思いつつ、文章を書くこと自体は嫌いではないので、何を書こうかぼんやりと考えていたのも今は昔。気づけば現在は3月下旬某日の午後でございます。半月以上も何をしていたのでしょうか。

 そんなこんなで何を書いたらいいかちっとも分からなかったので、今までのブログをすべて読み返してみました。すると第0回には、このブログの目的とどんな記事が読めるのか、ご丁寧に書かれていました (ここにリンク挿入とかできるものなのでしょうか。信じてるぞ、情報管理)。

 自分で振っておいてなんですが、リンクに飛ぶのも手間でしょうからざっくりまとめますと、 「自治会活動を身近に感じてもらうこと (行事の舞台裏の紹介を含む)、大学生活に役立つ情報を提供すること」 の2点が重要そう。

 ところがわたくしは自他共に認める幽霊部員であり、のらりくらりと所属はしたまま今日までずるずると来てしまった。自治会の活動について語れることはこれっぽっちもございません。

 しかしながら私は筆を (タイプする手を) 止めるわけにはいきません。ならば大学生活を振り返ってみて、もしかしたら誰かの支えになるかもしれない経験則をつらつらと綴るのがよいでしょう。

 経験則その1、 「出会いはさまざまなところにあり、必ずしもその出会いは成功の先にあるとは限らない」。

 冒頭からネガティブともとれる内容に触れるのもどうかと思いますが、この前振りがないと話の方向性が定まらないので。

 私は本学が第一志望ではありませんでした。前期は他の大学に出願し落ちています。受験に失敗したこと自体は苦い思い出ですが、この大学に来ていなければ私の人生は全く違ったものになっていたことでしょう。

 中でもやはり私の中で思い出深いのは、大学生活の中で出会ったある人から、ゲームをおすすめされたことでしょうね。 「ゲームの話か」 とがっかりされた皆様、申し訳ありません。私はそんな人間なのです。守秘義務に抵触しそうなので詳細は省きますが、おすすめされたゲームにドはまりした私は、現在の 「推し」 と呼べる存在と運命的な出会いを果たすのでした。

 この大学に入学していなければ彼を知る時期がもっと後になっていたか、あるいはまだ出会っていないかもしれません。

 経験則その2、 「憧れの力を侮ることなかれ」。

 私の思想の根底にはうっすらと 「推しと同じようになりたい」 があります。推しができたことでいろいろな変化がありました。

 例えば、旅行をした。今のところライブはすべて関東圏で開催されているので、こちらから出向くしかないわけです。修学旅行以外の経験がまともになかったけれど、いざ行ってみると楽しいものですね。ライブ以外にも買い物をしたり、現地での食事を楽しんだりと、いろいろできました。観光らしい観光はあまりできていないので、それはおいおい。ちなみにそのうち東海地方に行きたいと思っています。修善寺がいいな。

 例えば、筋トレを始めた。筋トレをやりたいけどなかなか続かないという方は、ぜひトレーニング用のプレイリストをYouTubeか何かで作ることをおすすめします。スクワットなどのトレーニングならMVを見ながらやることもできます。

 例えば、物理の勉強を始めた。彼の高校時代の得意科目が物理だったと聞いたから。社会人になっても学び続けたいとは思っていますが、果たしてそんな余裕があるだろうか。

 例えば、星新一や川上弘美の書籍を読んだ。好きな作者としてあげていたから。短編で魅力的な世界に引き込むことができるテーマ、表現力、何を食べたらこんな出力ができるのでしょうか。

 例えば、小説家のサイン会に初めて行った。メディアミックスがきっかけで原作小説に触れることは今までもありましたが、 「人生エンタメだと思って楽しもう」 というマインドが私に生まれた結果、 「何事も経験してみよう」 と思えるようになり、奇しくも現在アニメが放送されている作品を執筆されている某氏が紀伊国屋にいらしたためサインをいただきました。時代小説を読むのは初めてですが、これが結構面白い。

 例えば、ラジオ番組にメールを送った。ただこれは、人によってはあまりおすすめできません。一度送ったが最後、 「読まれるかもしれない」 ということが頭をもたげてきます。ちなみに一度読まれたことがありましたが、その後しばらく話が入ってこなかった。番組を一つのパッケージとして楽しみたいのであれば、自分という要素を入れないほうがよいかもしれませんね。

 様々あげつらいましたが、別に何でも推しと同じでありたいわけではありません。彼の書く文章が好きなので、このブログもかなり影響を受けているけれど、彼のようにしょっちゅう風邪を引くようにはなりたくないし、絵は私の方がうまいという自負がある。あとギターは一度試したけど私にはピアノの方がまだ向いている。別に2メートルのクリスマスツリーも要らないし。

 経験則その3、 「自分の活躍できる領域、および自分の強みを見つけよ」。

 私は、藍涼祭 (学校祭) は自分のメイン領域だけ関わるというスタンスで2年生からやらせてもらっていました。これを公言してしまうと現場へのしわ寄せがあるかもしれませんが、このような関わり方も許されるのが学生自治会のよいところだと思っています。

 なぜこのような関わり方になったのか、それは端的に言えば 「しんどかった」 からです。というのも1年生時の藍涼祭は、運営の人数も少なくそれはもう過酷でした。加えて当時の藍涼祭はコロナ禍による制限が緩和され、ノウハウが引き継がれていない状態からのスタートでした。思い出補正による誇張表現が含まれるかもしれませんが、昼食はまともに取れず、終バスで帰れず、 「正直これをずっと続けるのは無理だ」 と思いました。そこからは自治会の活動からしばらく離れていました。ちょうどそのころ、自治会の同期からの連絡に対して、既読無視をしてしまったことをこの場を借りてお詫び申し上げます。精神的余裕がなかったとはいえ本当にごめんね。

 2年次からは、自身がメインで担当していた環境衛生 (端的に言うとゴミの処理や清掃関連の業務) のみという条件で再び関わることになりました。文字通り山のような藍涼祭関連業務のうちほんの一部のみですので、その他を3人でこなしていた同期には頭が上がりません。適材適所という言葉を都合よく解釈しているだけですが、適所を与えてくれてありがとう。

 それからは学生自治会執行部の人数も増えてきて、少しずつ他の活動にも顔を出せるようになってきました。ちょこちょこ顔を出してそれっぽいアドバイスをする、後輩からしたら 「なんだこいつ」 というポジションだったと思います。

 0から1にするのが得意な人、1を10にするのが得意な人などさまざまな能力を持った人が集まる学生自治会ですが、私が得意としているのは言うなれば 「7くらいまでできたものを一度ぶちこわして4くらいにしてから9まで引き上げる」 ことです。 「ぶちこわすくらいなら初めから関与しろ」 という怨嗟の声が聞こえてきそうですが、第三者目線からでしか気づけないこともあると信じています。何よりそうやって20年あまり生きてきたので許してほしい。そして当然ながら私とてすべての問題点を指摘できるわけではございません。近頃は生成AIも急速に発展していますから、自分のアイディアのレベルを引き上げるツールとしてそれらを活用するのも手だと思っています。メールの文章を自然な形に修正してもらうのとか、結構楽ですよ。ビジネスメール特有の表現やマナー等、教わる機会は少なくてもできていないと困ることもあるのでね。

 あと、私はアイディア出しがそこまで得意ではないのですが、何かを考える場として 「風呂」 を強く推奨しています。ゆったりと考えにふける時間、皆様もとってみてはいかがでしょうか。

 こうした気付きが得られたのも、自治会に所属していたからこそだと思います。これは決して 「自治会“が”すごい」 と申し上げたいのではなく、私にとって成長の場が自治会であったに過ぎないということです。これをお読みになっている皆様も、それぞれ異なる社会的集団に属していることと思います。成長の機会はそこら中に転がっているのでしょう。もし今 「くすぶっている」 と感じるのであれば、半歩でも外に踏み出してみると、違った視座がそこにはあるかもしれません。

 お読みいただきありがとうございました。この文章が、どこかで誰かの糧になることを願って。

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