昔、楚の国に哲という学者がいた。
哲は学問に秀でていたが、世の人に礼を欠き、誰に助けられてもすぐに忘れてしまう性分であった。
ある冬の日、旅の途中で雪に倒れた哲を、一人の老農夫が薪を燃やし粥を分け与えて救った。
哲は一応「多謝」と言ったものの、心の中では「貧しき者がたまたま施したにすぎぬ」と軽んじていた。
数年後、哲は官職についたが、政争に巻き込まれて命を狙われた。追っ手に追われ山中に逃げ込むと、かつての老農夫の小屋に辿り着いた。
農夫は何も言わず哲を匿い、夜通し道を案内して無事に逃がした。
哲はそこで初めて悟った。
知感而謝、謂之感謝。不感而謝、徒為空言耳。
(感ずるを知りて謝する、これを感謝という。感ぜずして謝するは、ただ空言たるのみ。)
「恩を受けても心で『感』じなければ、それはただの言葉。心に刻み、行いで『謝』すことで初めて徳となる。」
以後、哲は人に尽くすことを第一とし、学問よりも徳を重んじて生きた。
人々はその生き方を讃え、「感謝」という語が広く使われるようになったと伝えられる。
どうも、鷽です。
ここまでしっかり読めましたでしょうか。これは「感謝」の語源とされる中国の故事です。
やはり日常的に使う言葉の語源は知っておいて損はありません。
日頃の学生自治会への「感謝」を語源とともに伝えたつもりです。
ここで最も卓越していることは、堅苦しい中国の故事をこんなにも簡潔に分かりやすくまとめた自分の力量だと思います。普段から漢語に慣れ親しみ、小難しい文章を読んでいないとこれはなかなか上手には出来ないです。
そしてそれよりもさらに驚異的なことは、このような中国の故事風の話をいとも簡単にそれっぽく創作してくれる最近の AI の凄さでしょう。上の話は 5 秒で生成された法螺話です。
現代を生き抜くためには騙されない術を身に付けないといけなさそうです。
多様性と一括りにされて逆に多様ではなくなっているのかもしれないこの時代、こんなブログでも多様性だからありなのではないでしょうか。
